「音の粒子が細かい」音楽プロデューサー・大沢伸一を唸らせたヘッドホン WA-Z1PNK
アーティストとして、音楽プロデューサーとして、さまざまな形で音楽に携わる大沢伸一さん。音や再生装置に対するこだわり、またWA-Z1PNKを試してみての所感を伺いました。
<大沢伸一 プロフィール>
1967年滋賀県生まれ。音楽家、音楽プロデューサー、DJと多彩な肩書を持つ。1993年にMONDO GROSSOのメンバーとしてメジャーデビュー。現在は大沢のソロプロジェクトとして活動中。
粒子が細かく、それぞれの楽器の位置まで認識できる音
WA-Z1PNKを試した率直な感想は、まず「粒子が細かい」「解像度が高い」。きちんと細部まで表現、再現できる設計になっていると思いました。
どこかの帯域を強調するような癖はありませんが、かといって味気ないという感じは全然しませんでした。非常にニュートラルに、曲本来の姿で鳴っている。ありのままを聴けるチューニングがされていると感じます。
僕が今メインで使っているモニタースピーカーシステムは、メインがドイツのKS-Digitalというメーカーの〈Reference88〉、〈C88-Reference〉というもの、サブウーハーが〈B88-Reference〉で、恐ろしく音の解像度が高いものなんですね。
極端に言えば、右から左にパンをすると、目の前を音の粒子が通過していくのが見えるような臨場感を覚えるほどです。それくらい音の粒立ちがきめ細かく、定位についてもそれぞれの楽器の位置関係がはっきりと認識できる代物なんです。 パッと聴きの印象ですが、このWA-Z1PNKは、そのヘッドホン版のように感じました。相当なハイクオリティと言っていい。僕としてはスタジオでモニター用として使うのがベストだと思っています。
有線、無線をシーンによって使い分ける
仕事のモニター用としては、有線を使います。ただ、無線を使わないわけではありません。無線だと、どうしてもわずかなレイテンシーが発生するので、仕事だと作業に差し支えるんです。
Bluetoothのヘッドホン・スピーカーもよく使っていますし、これまでに20~30台ほど買ったと思います。割と熱心に追いかけているほうですし、イヤホンはもっぱらBluetooth接続派です。
イヤホンは移動中、特に新幹線の車内で使うのが好きですね。今は主にBluetoothのインイヤー型のイヤホンを使っていますが、WA-Z1PNKを機に、ヘッドホンに鞍替えするかもしれません。
移動中にしても、ただ音楽を聴くだけなら無線でいいのですが、新幹線の車内にAbleton Liveを持ち込んで作業することもあるので、そういうときはやはり有線で使うことになると思います。そういった意味で、WA-Z1PNKは無線か有線かを選べるのが非常にうれしいポイントですね。
デザインの面でも、この耳を取り囲む部分の造形が秀逸です。フィット感の優れたヘッドホンは重量をあまり感じないと思うのですが、これもそう。
仕事柄いろんなヘッドホンを試してきましたが、はめていて気持ち悪くなるものって高級品でも案外多いんです。オーバーイヤー型で、ノイズキャンセリング機能に頼らずここまで密閉性が取れていながら装着感がいいものには、これまで出会っていませんね。
オーディオ環境次第で楽曲の魅力がさらに際立つ
オーディオ環境次第で、楽曲の魅力が再発見されることもあると思います。例えば、ものすごく空間に余白のある曲であれば、小さく鳴っている要素を掴みとるのはそう難しくない。ですが、ギシッとトラック数が詰まっている中でそれぞれの音を探すには、よっぽど解像度の高い機器がないと厳しいかと思います。
僕の曲で言えば、今年の頭にリリースした『BIG WORLD』というアルバムに『STRANGER [Vocal:齋藤飛鳥 (乃木坂46)]』という曲があります。全体的にシューゲイザーのような雰囲気で音を歪ませているんですが、実はいろいろと細かい音を内包した曲なんです。もしかしたらこれは、ヘッドホンで聴くと発見があるかもしれません。この記事で何がどうと言ってしまうのは無粋なので答え合わせはしませんけど、試してみてもらえたらうれしいですね。
DJブースでヘッドホンをしない理由
僕がオーディオに求めていることは、クラブ的なサウンドシステムであることです。
音の好みに関してもフロア基準というか、ある程度大きなダンスミュージックの音量で、ボトムがきちんと鳴る装置で聴いて気持ちのいい音楽であれば、僕にとってはいいと思えるものが多いですね。
ちなみに、僕はDJをするときにヘッドホンを使わないんです(笑)。その理由には、もしかしたら僕がDJも演奏の1種、ライブパフォーマンスの1つの側面として捉えていることが影響しているかもしれません。ミュージシャンは次にプレイする曲を前倒しで聴かないですよね。自分としてはそれと同じなんです。
DJというとレコードしかなかった時代は、次にかけようとしている曲との整合性、繋ぎのタイミング、頭出し、ミックスをどうしようといったことを考えるために、事前に聴いておくのが必要だったと思うんです。
ただ、今データでDJをやるのが当たり前になって、BPMも頭出しも、全部揃えておけるわけじゃないですか。そういった環境において「次の曲がどんなものだったっけ?」というのは、どうなんだろうと。
あくまで僕の考え方ですが、次にかかる曲がどんなものか、頭に入っていない状態で曲をかけるのはDJとしてどうかなと思ってしまうんですね。自論なので他の人に当てはめることはしませんが。
あと、そのときかけている――ある意味”演奏している”曲から離れて、精神的に違う空間へ行くということが、あまり格好よくないと思っているのもあります。できれば常に前を向いてパフォーマンスをしていたいんです。
2000年代の後半から、僕のライブパフォーマンスのほとんどがDJとしての出演になったんですが、それ以前は楽器を弾いていることが多かったので、やっぱり根っこにプレイヤーとしての感覚が刻まれているのかもしれません。
相反する2種類の「いい音」
僕にとっての「いい音」は2種類あります。
例えばスタジオで音を聴く場合は、限りなくニュートラルである必要があって、なおかつ解像度の高いものが「いい音」。この場合は、音楽を「理解する」必要があるので、そういうことに長けた音を「いい」と感じます。
もう1つは本当に聴いていて楽しいという方向性の「いい音」。問題なのは、この2つって実は完全に矛盾しているんですよね。
後者について突き詰めて考え、実践しているのが、僕の運営するGinza Music Barのシステムです。Ginza Music Barで採用しているメインのスピーカーはTANNOYの〈Westminster〉という非常にオールドスクールなもので、自分がプロデュースに関わった全店で絶対に共通して使っているものです。
古くは1880年代初頭からずっと存在していて、現在はちょっと仕様が変わってしまっているんですが、巨大な洋服箪笥のようなスピーカーなんです。これを選んだ理由の説明を通して、僕の「いい音」の定義の2つめ、「楽しい」音というのはどういうものか、わかっていただけると思います。
簡単に説明すると、高音、中音、低音がそれぞれ別のところで鳴るのではなく、1つにまとまって出てくるんです。ただこれって、パッと聴きすると地味なんですよ。解像度もそんなに高くない。ではなぜそんなものを使うのかというと、長時間聴いていても、疲れないんですね。
ハイエンドのスピーカーはいくらでもあって、単純な解像度で言えばそちらのほうが長けている。ただ、そういうスピーカーって例えば40分集中してモダンジャズなど聴くには向いているんですが、ミュージックバーなど、長い時間ゆったりと音楽を楽しむ環境だと疲れてしまい、しんどいんですね。そういう観点から、僕は先ほど申し上げたオールドスクールな同軸スピーカーを店に導入しているんです。
これは個人的な話ですが、僕、目がとてもよかったんです。でも、6〜7年前に老眼になってしまって。それまでずっと視力が高かった自分にとってそれなりにショックで、面倒くさいなというのはありつつ、「ちょっとこれはこれでアリかもしれない」とも思ったんです。なんだか、1枚フィルターをかませることで、汚い現実がちょっとマシに見えるという面もあるなと(笑)。そういう意味で音楽も、必ずしも高解像度ならいいという訳ではないという。どちらも良し悪しなんですよね。
解像度がひたすらに高く、臨場感のある、”理解”することに適した「いい音」。その空間と時間を音楽とともに過ごすための、”楽しむ”ことに適した「いい音」。相反する2つの要素ですが、WA-Z1PNKに関しては、ある意味で双方の「いい音」が同居しているのかもしれません。 というのも、WA-Z1PNKは、他の製品と比べてすごく音量が出せるというわけではないのですが、音を大きくしなくても非常に細かい音まで丁寧に拾ってくれるんです。そういう意味では、長時間聴いていても疲れない音量でも、高解像度の音が楽しみ続けられる。稀有なシリーズといえると思います。
<文 ヒラギノ游ゴ / 編集 小沢あや(ピース株式会社)>